映画『セデック・バレ』を観る。

2021年8月4日
映画

1930年に起こった、日本統治下の台湾で起こった原住民セデック族の蜂起事件「霧社事件」を描いた2011年製作の台湾映画。

日本人の統治下で強制的に労働させられ、虐げられていたセデック族の頭目、モーナ・ルダオは蜂起に立ち上がる。セデック族は日本の統治以前はジャングルで原住民の他の族と戦っていただけあって、蜂起後の戦闘では個人の戦闘力で日本の警察官、軍人を圧倒するが、日本軍の数と物資の差で抑え込まれてしまう。

モーナ・ルダオたちは最初から勝てると思っていなかっただろう。
彼は日本に連れて行かれて、内地の軍備や基地などを見学して、相手がどの程度の戦力を持っているか知っていた。それでも蜂起する。それほど日本の植民地政策は、セデック族や他の族の原住民たちに屈辱を与え続けた。

セデック族の死生観は、日本人のそれとは違ったもので、死を絶対的に恐れるものとは捉えていないようだ。
セデック族の人間は死ぬと、虹の橋を渡り、先祖たちの待つ土地に行くことができると考えていた。
死後の世界は死を中間点として、いずれ向かうべき世界なのだ。

映画の主旨とはズレるけど、個人的にこの時代について気になったこと。

この時代、日本に限らず世界の国々は戦争をして領土を広げることに熱心だが、他国に攻め入って人を殺してまで、自国の利益を得ようという心理は、現代社会を生きている自分には理解し難い。
当時の世の中的には「殺すか、殺されるか」ということは常識だったのかもしれない。
現代を生きる自分は“平和ボケ”なんだと思う。

人権の思想は16世紀からヨーロッパにはあったが、人権が適用されると考えられる範囲が現在と違ったのだと思う。人権が適用されるのは、法が規定した自国民が対象で、他国の民族は適用される範囲に含まれていなかったのだと思う。
1930年当時の大日本帝国憲法も他国の民族は人権の範囲内に含まれていなかったのではないか。
だから、他国に攻め入ってそこに住む人たちを殺しまくっても非難されることはなく、むしろ勲章を得て出世する。“敵は殺すべき”が当たり前だったんじゃないかと思う。

過去に戦争をして勝つことができたがために繁栄した国は、戦争していた頃を振り返って、どのように評価するのか。侵略して現地に暮らしていた人々を虐げてきたことに関しては、どのように考えているのか。
その子孫として自分はどのように過去の戦争を捉えるべきなのか。

小学校から高校まで受けた戦争教育では、“終戦”というように、厄災が去った(終わった)ような言い方をされた。確かに一般市民としては、軍人に巻き込まれた意識があったのかもしれないが、第二次世界大戦時に戦争に賛成していた一般市民もいて、新聞でも戦争を支持されていた。
その事実に蓋をしてしまった一般市民には責任がないと伝えるような教育は、また同じ過ちを繰り返す原因になるんじゃないか。